
元気な声がお出迎え
お店に入ると、ママさんの「いらっしゃい!」と大きな声が飛んでくる。店の中もなんともノスタルジックな雰囲気だ。さてメニューを選んで注文しようとすると……。ものすごいメニューの量でなかなか選べない。なんとかメニューを決めて、すごくメニューが多いですねと話しかけてみると、
「うちはメニューが多いし、お客さんの注文があってからすべて準備をはじめるから大変」とマスター。
それに続いて
「これでも50は減らしたのよ」
とママさん。普通の定食屋では出会えないメニューの量だ。

さて紹介する「栄食堂」はここ矢島に店を開いて47年(2019年時)、地域に根付く食事処だ。
マスターの栄さんは東京新宿生まれ。その妻のトミ子さんの出身は矢島。栄さんは実は若いころ、東京で様々な有名ホテルをはじめ、レストランやクラブ、割烹料理屋など渡り歩いていた。そんな中自分の店を開く夢をかなえるため、東京新宿の手前、歌舞伎町の地下街で開店準備をしていた。しかし矢島に戻っていた母が体調を崩し、面倒を見るため、ここ矢島に戻ってきたそうだ。
「住めば、都! 向こうはごちゃごちゃしてるしね!」
と栄さんが話していると、
「マスター、話してないで手を動かして!」
とトミ子さんが気合をかける始末。
質問をしている私があやまるのだが、その二人のやり取りがなんとも名コンビで、心が和む。
私は食べてから質問をすることにした。
このボリュームすごい!
さて待っている間も、カウンター奥のキッチンから聞こえてくる二人のやりとりが店内に響き渡る。メニューの多さ、注文があってからすべて準備を始めることもあり、ちょっと時間かかるかもと言われていたが、その時間も全く退屈ではない。
「お待ちどうさま!」

ママさんが運んできたカツカレーにびっくり。普通盛り? のカツカレーなのに驚きのボリューム。垂直に挿入したスプーンが立ってしまうくらい。
「栄食堂は量が多いからね!」
とトミ子さん。
いや注文する前に言ってほしかった……。など思いながらスプーンですくいあげたカレーを口の中に運ぶと、その美味しさが口の中に広がる。食べるのには時間は確かにかかるものの、意外にしっかりと完食できた。他の人の注文したものを見ても皆さん、分け隔てなく、普通盛りと呼ばれるザ・大盛である。
変わりゆく街 変わらない二人
「こんな田舎食堂に誰も来ないって、100人も、200人も」
トミ子さんが続ける。
「でも私たちが帰ってきたときはこの町は1万人も住んでたのよ。今は4千人足らず。数えるほどのお客さんで精いっぱいなの。どこのお店もそうだと思うよ。この9月に魚屋さんももうやめちゃったし、3年前は地元のスーパーがやめちゃったし……そういう時代なんですよ。のほほんと我がまま言ってられないの!飲食店の数だってピークの半分以下!30何件はやめてますよ……。」
「県外から来られる方もいらっしゃるいのでは?例えば鳥海山の登山者とか?」
と私が質問すると意外な答えが返ってきた。
「うちに来たお客さまが本で紹介してくれるの!それを見た方が県外からもわざわざこの矢島のうちの店まできてくれるのよ。」
と明るい声でトミ子さん。
意外と思ったが、よくよく考えるとなんだかわかる。食事も美味しいし、インパクトがあるのはもちろんだが、マスターとママさんの人柄、そしてその人柄を表す、店の雰囲気……。街は変わるが、この二人の温かさは変わることがなくお客様に注がれているのだろう。まさにここでしか味わえない体験が「栄食堂」にはある。

矢島に観光に訪れた際はもちろん、またこの栄食堂めがけてでも矢島へ訪れていただきたい。帰る我々に「また来てね!」という二人は、「また来たい!」と感じさせる温かさがあった。言葉では表現しきれないこの気持ちを皆様に、実際に体験してもらいたいと強く思う。私も定期的に訪ねて「栄食堂」を応援します。(2019年12月現在で2回訪問)
文/太陽印刷 二方
Information

オープンしてから50年近くたつ、地元の人にはもちろん、矢島以外の方からも愛される、昔ながらの定食屋。メニューが多いことと、ボリュームの多さが印象的で、極めつけにリーズナブルな価格設定。
お食事処 栄食堂
〒015-0417 秋田県由利本荘市矢島町元町間木210-1
☎0184-56-2609
■営業時間/9:00~19:00