駅舎と心に 明かりを灯す松子さん
由利高原鉄道鳥海山ろく線の終着駅として知られる矢島駅。その矢島駅の一角で、訪れる乗客を待っているのが名物おばあちゃん「まつ子さん」だ。
きれいな真っ白な髪に、ぴしっと決めた和服。おとなしいおばあちゃんかと思えば、その口からはマシンガントークがさく裂した。その勢いに圧倒されながら、あれよあれよといううちにイスに座らされ、出していただいた桜茶を飲みながら、まつ子トークに耳を傾けた。
今年で72歳(2019年当時)になるというまつ子さんは、30年間この矢島駅でお客さんをもてなし続けている。最初は売店のみを担当していたが、気づけば仕事内容は、チケット売りやホテルの予約、旅行コースの組み立てまでにも及んでいた。当時はすぐに情報が得られるスマホなどもちろんなく、時刻表も一から自分で調べ上げたという。骨の折れる作業だが、その作業も楽しかったと語るまつ子さんからは、どんなことも楽しんで臨める性格が見えた。現在の駅舎は、今から20年ほど前に移転し、新しいものになった。当時はもう定年退職をしていたまつ子さんだったが、せっかく新しくなった駅舎を暗くしておきたくないという思いから、市長などにお願いをして矢島駅の一角を借りたという。それが現在の「まつ子の部屋」になった。決して儲け目的ではなく、来た方々にほっとしてもらいたいという気持ちで今日もお客さんを出迎えている。
まつ子さんの半生
まつ子さんの生まれは秋田ではなく青森の大間。旦那さんとは向こうで出会い、二人の娘を授かった。しかし、旦那さんは早くに亡くなってしまい、子どもたちを連れ秋田まで来て働き始めた。最愛の人を亡くし、女手一つで子ども二人を育てながら働くのは、想像できないほどの苦しみや悲しみがあっただろう。「なんで、どうして・・・」と落ち込むこともあったが、この経験の中でまつ子さんは得たものがある。それは「ありがとうの経験」だ。
一番つらいときに支えてくれたのは周囲の人たちだった。人に応援してもらうことのありがたさを知っているから、また彼女もここへ訪れた人々に激励の言葉をかけているのではないだろうか。
また、まつ子さんは困難との向き合い方について教えてくれた。生きていると困難に直面することがある。しかしそれに屈することなく、目の前のものを一つ一つクリアしなければいけない。それに負けてしまえば、そのまま流されてしまい、立ち向かうことができなくなってしまう。クリアしていくことの積み重ねこそが大切なのだと語った。
「1」というものは大切で、積み重ねの1つ1つはもちろん、一歩踏み出す「1」も大きな意味がある。一歩踏み出す時には勇気が要る。しかし、そこで踏み出せたなら、新しい世界が開ける。視野が広がれば、頑張る力が湧いてくる。今の若者は特に、踏み出すことに躊躇する人が多い。例えば泥の中で足踏みをしていては、どんどん泥に進んでいってすすめなくなってしまう。走り出すことが出来れば、足から泥は取れて、新しい世界に飛び込むことができるのである。「ここならいける!」と思ったときは迷わずすぐ飛び込むべきだと熱く語ってくれた。
現在72歳(2019年当時)であるまつ子さんの挑戦は「体力づくり」だ。春に肺炎で入院した際、病院でリハビリを学び、体力づくりの大切さに改めて考えさせられたという。退院後から今日まで彼女は、まず起床したら両足に鉄アレイ1キロを挟んで300回上げ、片足立ち、腹式呼吸、加えてつま先立ちノルマ100回を続けている。鉄アレイ300回は、最初のころは30回を10回繰り返していたが、今では300回を3回というペースでできるようになったという。
いくつになっても自分の中に目標を設定し、努力し続ける姿に尊敬の念を感じた。
人生の目標はもちろん「生涯現役!」「100歳まで生きるよ~!」と元気いっぱいに宣言してくれた。長く生きることも1つ1つの積み重ねである。積み重ねがその人を形成していく。まつ子さんはこのような表現をしていた。「若い時は麗しく。年老いてはなお麗しく。」「なお」には若い時からの積み重ねが込められており、いかに今まで生きてきたかが美しさに現れるそうだ。今目の前にあることすべてが未来の自分を形作るものと考えると、今までより物事に真摯に向き合おうという気持ちがわいてくる。
最後にまつ子さんは、ここへ訪れる若者たちへいつも伝えていることを話してくれた。それは、この先の20~30代の人生を先送りにしないでほしいということだ。
自分たちは今国際空港の滑走路にいて、これからどんな方向に向かうかを決める大事な時期である。今の決断は、例えば自分が70代になったときにどこに着地するのかに大きく関わってくる。その決断を先送りにしてしまえば、これからどこに向かったら良いかが分からなくなってしまう。そんな思いを若者たちに味わってほしくない。だから、今の自分の行動を大切に。とまつ子さんは熱いメッセージを送ってくれた。
私たちは、これからの就職活動や社会人生活の中で様々な決断をするだろう。そんな時にまつ子さんが教えてくれたことを思い出して、まずは一歩!踏み出したいと思う。そこから見える新しい世界を楽しみにしている。
(文/秋田大学 高橋)
Information
矢島駅は「おばこ号」の愛称で親しまれるローカル列車の終着駅。木造駅舎の一角に、くだんの名前で呼ばれるまつ子さんの売店がある。行き交う人々を休憩スペースに招き入れ、もてなして10年。まつ子さんの元気な言動に、パワーをもらえること間違いなし。
矢島駅 まつ子さん 由利高原鉄道
〒015-0404 秋田県由利本荘市矢島町七日町字羽坂21-2
☎0184-56-2736
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