文化・歴史

文化探訪

そこでしか…角館で受け継がれる文化を訪ねて

 そこには長い間、人々が暮らしてきた足跡がある。地域が違えば、気候も違う。気候が違えば、自然も違う。自然が違えば、食も違う。もちろんそこに暮らす人のルーツも違う。

 人々は長い歴史の中で、独特の文化を創造し、五穀豊穣、無病息災など、そこに暮らす人々がより幸せになることを願ってきた。そしてその足跡として無形文化財や有形文化財が残っていることが多い。

 地域の魅力とは何だろう。新しく創造するものなのだろうか。実はすでにその地域にあるのではないだろうか。私は「文化」がそれにあたると思う。

 旅をして「そこでしか」を味わう入口と「文化」がある。そして訪ねる前に、その背景を知っていれば、また深みが違う。

 訪ねる前にぜひ一読して欲しい。

角館の武家屋敷

 「みちのくの小京都」とも呼ばれる角館。その始まりは定かではないが、角館の名がはじめて記録に登場するのは、豊臣秀吉の小田原攻めにも加わった大名、戸沢氏の系譜の中である。戸沢氏は標高一六八メートルの古城山(当時は小松山と呼ばれていた)に角館城を築城し、正面を北側に配し山麓には給人屋敷を配した。その後、情勢を窺って徳川方へと就いた戸沢氏は、安定した基礎を角館の地で築き上げていく。

 慶長七年、徳川幕府の基礎が整い、転封・移封が相次ぐと、戸沢氏は常陸松山城へと移り、代わって水戸より佐竹氏が秋田一円の領主として移ってくる。佐竹氏の命により角館を統治していた芦名氏は町の狭さや水害、火災に悩まされ、元和六年に古城山の南側へと新しい町造りを始める。

 これが、みちのくの小京都として現在まで残る角館の町並の原型である。

 芦名氏の築いた城下町は南北に三本の道路を通し、中央の道路をメインとして三五〇メートルでマス型地形とし、さらに同じ長さの道路を伸ばす。ここまでを武士の居住区域、内町と呼び、ここより南を商人の居住区域である外町と呼ぶ。内町と外町の分離帯は、幅二一メートルの広場に土塁を築き「火除け」と呼び、この地域とそれに隣接する商人町の横町のみが東西に直線で通ずるようになっているほかは南北または東西に直線で繋がることのないように配慮されている。

 また、中央の道路は十一メートルの幅員をもち、家老以下の上級武士が居住し、その東側にはこれに準ずる武士、西側は徒士や足軽の居住区域に区分されていて、階級や知行高によって敷地居住にも規模の違いがあった。

 武士の居住は大小にかかわらず、門があり、道路より少し奥まって玄関、取次ぎを設けていた。また、階級や身分による差は屋敷の部屋割りや水回りの便に表れていた。現在まで三八〇年余を経過したが、基本的な道路配置、屋敷区分は変わっておらず、武家屋敷の門前には「馬乗石・馬つなぎ石」、塀には女性が大名行列を覗くための「のぞき窓」が現在でも残っている。

 こうして角館の町並を整えた芦名氏であったが、後にその家系は断絶してしまう。芦名氏断絶の後に「所預」として角館支配の任についたのが佐竹北家であった。北家時代の初期は農業開発が急速に進展し、また、林業・手工業の奨励、保護によって産業基盤の強化が図られ、商業活動も活発化し、角館は仙北郡の政治、経済、文化の中心としての基盤を確立していく。

花開く文化

 特に文化の面では、角館は久保田藩の文教の地と称揚され、文化的伝統を培った。

 北家角館初代の佐竹義隣は京都の公家の出自であり、二代義明の室も三条西家の娘であった。北家当主は芸文を好む者が多く、家臣や組下武士においても、解体新書の挿絵を描き「秋田蘭画」の第一人者ともされる小田野直武を筆頭に学問や芸術に優れた人材を輩出するなど、二代にわたる京都との交流によって、角館は京文化の色濃い影響を受けた。

 また、武家屋敷町並の百数十本の枝垂桜は、義明が京都から枝垂桜の苗木を取り寄せ植えたのが繁殖したと伝えられている。

 角館が「みちのくの小京都」と称されるのは、町並の美しさに限らず、こうした京都に似た自然と文化的伝統の土地の故であろう。

石黒家

 武家屋敷通りの北端に位置する石黒家は角館に現存する武家屋敷の中で最も古いものだ。門をくぐると起こり破風に懸魚の飾る正玄関と脇玄関が見られる。庭にはモミやしだれ桜などの木々が植えられている。実際に座敷の中に上がり、係員の案内の下、見学することも可能。明治・大正期に増改築した蔵が展示場所となっており、貴重な資料を観覧できる。

 代々財政系の仕事に携わっていた。学問に長けており、家塾を開いたり種痘の治療法を初めて角館に取り入れたりと町の暮らしに貢献していた。

青柳家

 青柳家は角館の武家屋敷の中で現在もっとも広い三千坪の敷地を有し、主屋や三つの蔵、庭の細部まで有料で見学することが出来る。庭の随所のこだわりから青柳家の位の高さが窺える。四季折々の花木が植えられており、いつ訪れても鮮やかな景色が見られるだろう。蔵の内部には歴史的な資料がその説明と共に展示されている。主屋は寄棟萱葺き屋根の鍵屋で、その座敷は現存する角館の武家屋敷のなかで最も豪華である。

 代々の役職は納戸役を担っていた。

 敷地内にあるハイカラ館ではアンティーク時計や蓄音機を観覧しつつ喫茶店で一休みできる。

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岩橋家

 岩橋家は武芸に長けた家系で、藩主の前で新天流槍術を披露することもあった。屋敷は現存する武家屋敷の中でもかなり古いものである。角館はしばしば火災に見舞われているが、特に大きかったのが明治三三年の火災だったがこのときに東勝楽町で火の手を逃れたのがこの岩橋家と河原田家である。明治三〇年頃に木羽葺き屋根に変えていたためと言われている。また庭には柏や栗、枝垂れ桜などが植えられ、特に柏は樹齢二五〇年ほどの秋田有数の巨木である。家は木羽葺き屋根に切り妻造りだ。

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河原田家

 ここでは書院造を踏襲して建てられた屋敷を存分に見学することが出来る。まず、目に飛び込んでくる玄関口や座敷が素晴らしい。まさに日本の古き良き文化を目の前にしているという喜びがある。しかし今回ぜひ注目して欲しいのは襖に描かれた壮大な絵や蝶の形をした留め具、そしてつやめく雨垂れ石など実に細かい部分だ。それぞれに持ち主がたどった歴史やエピソードが宿っているということなので現地にいる係員さんに訊いてみるのもいいかもしれない。

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小田野家

 駅から武家屋敷通りへ歩き一番最初に出会うのがこの小田野家だ。秋には真っ赤に葉を染めたドウダンツツジが迎え、前庭には笹が綺麗に茂る。聞けば周りを囲む木々も夏の日差しや冬の寒さを遮るための工夫だったという事で、こうした一見何気なく思えるような所も先人たちの生活を感じることが出来るポイントだ。

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 小田野といえばかの有名な「解体新書」の表紙を描いたとされる小田野直武が有名だが、その一族である小田野家当主もまたそれぞれに薬師としての仕事や武芸などで秀でた才を発揮していたようである。建物の素晴らしさを堪能しながら彼らの生き様、活躍にぜひ思いを馳せてほしい。

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角館祭りのやま行事

 角館を語る上で外すことの出来ないのが毎年九月七日から九日まで三日間かけて行われる角館祭りのやま行事、通称「やまぶっつけ」だ。一九九一年に国の重要無形民俗文化財、二〇一六年にユネスコ無形文化遺産にそれぞれ指定され、ニュース等で耳にしたことがあるという人も多いかもしれない。この祭りは地域の繁栄や無病息災などを祈って江戸時代中頃から続く歴史あるもので、毎年このためにわざわざ県外から帰省する人もいるという。

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 初日には角館神明社、二日目には成就院薬師堂へ各ヤマが参拝しお祓いが行われる。最終日には夕方から数々のヤマが町中を練り歩き、通行の優先権を巡って交渉やぶっつけが白熱する。毎年職人や有志によって作りこまれるヤマは壮大でそこに立つだけで迫力があるが、いざ始まると更に圧が増してくる。上に立つ男衆の掛け声に合わせてぶつけ合うとあまりの勢いに片方がもう一方のヤマに乗り上げてしまうことも。しかし傾くヤマの姿もまた壮観だ。練り歩く際おやま囃子に合わせて舞われる手踊りも美しく、見る者の心を魅了してくれる。

 町全体が熱気に包まれる、地元愛に満ちたこの祭り。ぜひ足を運んでその思いと迫力を体感して欲しい。

文/秋田大学 菅原

 

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