ひと

こだわりのコーヒー こおひい工房 珈音

み~つけた。こおひい工房珈音。

 国道101号線を北上していると小さな看板が見えてくる。看板に従い、田園風景を眺めながら進むと見える古民家風の建物。

 これが「こおひい工房珈音」だ。

 落ち着いた雰囲気の店内に流れるゆったりとした音楽。白い壁と木を使った店内の中一際目を引くのは、中央に佇む大きな柱だろう。この柱は店主佐藤毅さんの3代前の実家で使われていたものであり、100年以上の時が経っている。

珈琲と音楽を愛す佐藤毅さん。

 五里合に生まれた佐藤さんは10歳からピアノを習い始めた。初めは周囲の目が気になっていたが、現在は廃校してしまった五里合小学校と五里合中学校に通いながらピアノを続けた。周囲が高校受験で辞めていっても佐藤さんはピアノを辞めなかった。

 佐藤さんはどんどんピアノと音楽の魅力に嵌っていき、最終的には秋田大学の音楽科に通うようになった。

 大学へ行ってすぐ、ある楽器に出会う。ピアノ一筋でやってきていた佐藤さんだったが、大学の授業で弦楽器などの楽器の単位を取る必要があった。人気のバイオリンは人数が多く学校の備品では足りず自分で買わなければいけなく、チェロはじゃんけんをしなければいけない……そんな中、誰も手を上げない楽器があった。それがコントラバスだ。全長が成人男性と同じほどのこの楽器は太く低い音が特徴である。佐藤さんはこの楽器にのめり込むこととなった。

 大学3年生の終わりに休学し、佐藤さんはコントラバスを勉強するために東京へ渡った。その後3年間東京でコントラバスを学び、卒業するために一度秋田に戻り2年後、秋田大学を卒業した。

 「こおひい工房珈音」の開業届けを出したのが2006年。卒業してから開業するまでの間、佐藤さんは中学校と高校の音楽の講師を続けながら、自分が生まれ故郷でできることを考えていた。

 コントラバスを勉強するために一度は東京に行ったが、小さいころから生まれ育った場所で生活するという気持ちが強く、秋田大学を選んだのもその気持ちが大きかったからだそうだ。秋田で音楽やコントラバスを続けていくには一体どうしたらいいかと佐藤さんはかなり悩んだそうだ。

 そんな佐藤さんを導いたのは大学生時代に出会った一軒の喫茶店のコーヒーだった。

右下は店主の娘さんの「かのんちゃん」が描いたエントランスボード。可愛らしいイラストでお出迎えをする古民家のような入口。
お店へ曲がるT字路で愛らしい看板がお出迎え。
こっちですよという配慮になんだか心が温かくなる。

深い味わいと これからの故郷。

写真)ドリップコーヒー(1杯)各500円

 大学在学中に夜遅くまで楽器の練習をした後、立ち寄る喫茶店があったという。それが「七心亭」だ。接心亭はインドを放浪していた店主が経営する店で、インド式に甘く煮だしたミルクティーのチャイが美味しい喫茶店だった。この喫茶店で出しているコーヒーを飲んで佐藤さんは初めて、コーヒーを美味しいと思った。人がいなくなるまで営業していたというこの喫茶店は、深夜まで大学に残って楽器の練習をしていた佐藤さんの行きつけの店となった。徐々にコーヒーの魅力にとりつかれた佐藤さんは自分で焙煎してみようと、七心亭の店主にコーヒーの淹れ方を教えてもらい、手網で焙煎を始めた。

 大学を卒業し月日が経ち、佐藤さんが故郷で自分にできることが何なのか悩んだ時、あることに気付いた。それは市場に出回っているコーヒーの質の低さだ。コーヒーは焙煎の工程が非常に難しく、その当時は、美味しいコーヒーが少なかった。佐藤さんはそんな現状に、自分が焙煎を行ったコーヒーを売り出したらもっと美味しいコーヒーを提供できるのではないかと考えた。

 佐藤さんがコーヒーを売る時、始めに取り組んだのはブログとホームページでコーヒーの専門サイトを作ることからだった。2006年開業当時店舗はなく3畳の物置に発砲スチロールで断熱した部屋を焙煎室にし、ネットショップという型で売り出した。

 佐藤さんがネット通販という方法を取ったのは、いきなりコーヒーを出して周りの秋田の人に気に入ってもらえるか不安があったからだ。しかし、蓋を開けて見れば、コントラバスを外に演奏しに行くと、それが入口になりコーヒーを店に置いてくれたり買ってくれたりする人たちがいた。根気強く続けてきた音楽という部分が繋がりを作るきっかけになったのだ。

 始めは上手くいかなくとも年を重ねるごとに技術がついてくる。焙煎の難しさと楽器の難しさは似ていると佐藤さんは語る。

店内の中央に建つのは時間の流れを感じさせる立派な柱。その歴史は約100年以上ある。
落ち着いた雰囲気の店内。窓辺の席に座れば、外から暖かい太陽の日差しと爽やかな風が入ってくる。

 お店では夏になると「ホタルカフェ」が行われる。今では姿を見る機会が無くなったホタルが見られるとあって、たくさんの人が集まる。しかし、高齢化や外へ人が流出しどんどん農家が少なくなり、除草剤の使用が多くなったり、田んぼの存続自体が難しくなったりしている。この場所で美しいホタルを見られるのは、地形的に恵まれているという部分はもちろんあるが、琴川の土地に住み、田んぼを管理している人々がいるおかげである。

 里山の風景や自然環境を守るための取り組みも計画されている。

 一度失ってしまったものを取り戻すのは簡単ではない。しかし、佐藤さんが作り上げたつながりの積み重ねはきっと佐藤さんの強い力となるだろう。

文/石塚

Information

人の気配が消えた静かな場所でコーヒー豆を挽く音を聞きながら休憩しましょう。豊かな自然に囲まれたカフェでは、ゆったりしながら美味しいコーヒーを味わえます。夏の時期になるとホタルが見られるようになり、また一味違ったひと息をつけます。11月~3月中の営業時間は11:00~16:00になります。臨時休業などはホームページにて確認できます。

こおひい工房 珈音(かのん)

〒010-0352 秋田県男鹿市五里合琴川前田109
☎0185-34-2470
■定休日:毎週火曜日
■営業時間:11:00~17:00(4月~10月)

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男鹿駅から車で30分。

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