おみやげ

中山人形

秋田の人々の暮らしが人形を通じて感じられる、温かみがある土人形たち。現在はこのシリーズの販売はない

中山人形の始まりとは?

 豊かな色彩と温もりを感じさせる手触りが特徴の中山人形。十二支の土鈴が人気・知名度共に高く、一九七九(昭和五四)年に未、二〇一四(平成二六)には午の中山人形が年賀切手のデザインに採用された。この中山人形が生まれた背景を辿っていくと江戸時代にまで遡る。

 江戸末期、鹿児島県出水軍野田村生まれで鍋島藩お抱えの陶工だった野田宇吉は、南部藩(盛岡)に招かれ南部氏の保護を受けた。その際「八幡山陰焼」を作成したが、一八三三(天保四)年の天保の大飢饉が起きて廃窯となってからは、南部藩を去り、津軽に行った後に秋田の岩崎領(湯沢市)で窯を築いた。この地では佐竹氏の援助を受けながら磁器「松岡焼」を始めた。さらにその後、宇吉は陶土を求めて平鹿郡吉田村中山の地に落ち着いた。

 宇吉の子、金太郎は樋渡ヨシという女性と結婚した。ヨシは義父宇吉から粘土細工を習い、横手押絵や串姉コ(姉様人形)から着想を得て、一八七四(明治七年)に中山人形を生み出した。これが中山人形の始まりである。

地域に根付き愛される人形

 今回取材に応じてくれたのは、樋渡人形店5代目当主の樋渡徹さん。中山人形は代々樋渡家が家族で協力して作ってきていたが、現在は樋渡さんただ一人である。

 樋渡さんによると、中山人形を始めたヨシさんは歌舞伎が好きで、舞台を見た際にはすぐにその雰囲気を人形に表したという。芝居の様子を描いた人形はどんどん増えていき、作品はやがて朝市に出品され、評判も広まっていった。農村が貧しかった時代、ひな人形など高価なものを手に入れることは難しかった。そのような時に子どもたちの遊び道具となったのが中山人形だ。現在80代以上のお年寄りのほとんどが子供の頃に中山人形を持っていたことからも地域によく根付いていたことがわかる。

土人形に命を吹き込む色付けの道具

干支シリーズの人気は根強く、このシリーズを集めている人も多い

時代を物語る人形たち

 樋渡人形店には、古い中山人形が戻ってくることがある。人形が役目を終えたときに、持ち主の家族がそれを捨てずに作り手に返すのだ。このような通常ではあり得ないことが起きるのは、人形に自分自身を重ね合わせて遊んでいた背景があるからかもしれない。戻ってきた人形はどこか欠けていたり汚れていたりする。樋渡さんは「今でこそ民芸品のような扱いだが、中山人形はもともと郷土玩具。遊ばれて欠けたり汚れたりするのが本質」と語る。役目を終えた人形をみてどこかうれしそうな樋渡さんは、まるで昔の人と会話をしているようだった。色がほとんど剥げてしまった人形も、よく見るとわずかに色が判別できる部分が見つかる場合がある。型はあるが人形の現物が手元にない。またはその両方がない場合も多い。樋渡さんの手元に戻ってくるということは、彼にとっては今と昔を結び付けるようなもの。戻ってきた人形を手に、自身の先祖や昔の持ち主を想像し、その深い思いが先ほどの表情にでていたのだろうか。また、中には兵士を表したものもあり、こうした人形たちから戦中や人々の暮らしを知ることが多いのだという。

戦中につくられた兵隊の人形たちは、こどもたちの玩具という役割を終え、五代目樋渡さんの手元へともどってきたもの

辿るルーツ想いを馳せて

 人形作りは完成するのに一週間ほどかかる。まず、石膏の型に粘土を埋め、型抜きをしてから、合わせ目を削って成形を行う。乾燥させてから窯で焼き、最後に色付けをしていく。目と耳で焼き具合を知る術は父から教わり、それ以外は普段の生活で自然と身に着けたという。それだけ暮らしに中山人形が溶け込んでいたのだろう。

 現在は石膏型を使用しているが以前は土型を使用していた。3代目の義一さんから石膏型になり、これを新型、それ以前の型を旧型と呼んで区別している。私たちは土型と石膏型を見ることができた。石膏型に比べ土型は歪で、表面をよく見ると指紋がたくさん付いていることがわかる。「この指紋は土型を手で作った、家族との繋がりを感じるもの。手を重ね合わせることで140年の歴史に思いを馳せている」と樋渡さん。

先人が使っていた土型には、その人の指紋が残っている。そこに手を重ね合わせ想いを馳せる
土鈴にするための細工を行っている様子

 中山人形を作り続けていくほかに、その歴史を紹介して後世に伝えていくのもまた自分の使命だと考えているが、樋渡家の歴史には不明な点も多く、人形制作に並行してその調査も進めている。祖父母にもっと家の歴史について聞いておけばよかったと気づいたのは、父・昭太さんが亡くなったとき。今まで中山人形は家族とともにあるのが当たり前で、ルーツについて気にしたことはなかったが、父が亡くなった時に自分が中山人形について、また家族の歴史について深く知らなかったことに気づいた。そしてそれまでのつながりが途絶えてしまうことに危機感を覚えた。そのため樋渡さんは工房に来た子どもたちに、自分の家系は今日までどのように続いてきたのかと調べてほしいと言う。

 あなたも中山人形をきっかけに、自分のルーツを調べてみてはいかがだろうか。

文/秋田大学 高橋

Information

横手駅より徒歩5分。横手ICより車で5分。
元白岩瀬戸座の陶工・木元久吉が旧平鹿町(現横手市)中山に開いた中山焼を継承したのが野田宇吉(九州佐賀の陶工で、南部山陰焼の創業者)。 宇吉の子の妻・樋渡ヨシが夫の死後、横手に伝わる押し絵や姉様人形をヒントに、宇吉から習った粘土細工で土人形づくりを始めたのが中山人形である。 土人形ながら洗練されたデザインと明るい色彩が特徴で、毎年発売される「干支土鈴」は特に人気が高い。

中山人形店

〒013-0036 秋田県横手市駅前町5−67
☎0182-32-1560
※現在こちらでは販売は行っておりません。ふるさと村で購入ができます。

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