文化・歴史

赤神神社伝説

写真 赤紙神社伝説02

黒神と赤神のたたかい。

昔々、津軽の竜飛というところに黒神という神様と南部の十和田湖には一人の美しい女神がいました。また、出羽の男鹿にも赤神という神様がいました。
女神の姿は美しく、彼女の着物の裾は百鬼四方に美しく輝いたと言います。ところがその女神を我のものにしようと考える黒神と赤神のどちらからも言い寄られ、女神は困り果ててしまいました。
女神は赤神の情け深く優しい気持ちに一旦惹かれましたが、顔が鉄のように光り元気が良く、勇ましい働きぶりをする黒神にも惹かれましたので、決めかねていました。
昨日は黒神が竜に乗って女神を訪ね、身に沁みるような心温まる気持ちを伝えられました。また、今日は赤神の鹿の使いが来て赤神の気持ちを書いた手紙を持って言い寄られました。ですが、女神は黒神の話を聞いたり、赤神がしたためた手紙を読んだりする内に、どうしていいか分からなくなってしまいました。そして、遂には手紙の上に崩れほろほろと声を上げて泣いてしまいました。黒神は自分の競争相手に赤神がいることに気付きました。また赤神も自分より先に女神に近付いている黒神がいることを知りました。二人の間で争いが起きるようになり、そしていつしか激しい戦いになってしまいました。お互いに何回も何回も攻め合いましたが、勝負はつきませんでした。その時、八百万の神たちは津軽の岩木山に集まって二人の激しい戦いを見物していました。そして、黒神が勝つという方は右へ赤神が勝つという方は左へと見物の神々も二つに分かれてしまいました。この時黒神が勝つという方が多く、山が神々に踏み崩されてしまったので、岩木山の右側が低くなってしまったそうです。
赤神の方にも立派な武者がいましたが、太陽が空から海に落ちるという幻を見ていなくなってしまい、赤神の勢いはどんどん衰えてしまいました。そのため黒神は男鹿の根城まで来ました。
黒神に追い詰められた赤神は刀が折れ矢もついて、「空寂」という穴に隠れて、二度と出てこないと誓ったそうです。それを聞いた黒神は、さらばと言って帰ってしまいました。黒神は勝ったというめでたい知らせを女神に知らせようと刀に付いた血糊を拭いもせず、十和田湖に向かいました。ところが女神の姿はそこにはありませんでした。女神は戦いに負けた赤神に同情し、「空寂」の穴に移っていたのでした。それを知った黒神は天を仰いで百千年の息を一度に吐いてがっかりしました。この時吐いた息で今の北海道は津軽から離れたと言われています。
今でも津軽の竜飛に行くと、岩がみな黒く打ち寄せる波も荒いです。ちょうど黒神のような雄々しい神様の住処であったように思えます。また、男鹿の岩は多くが赤味を帯びています。大桟橋(だいさんきょう)、小桟橋(しょうさんきょう)などには他には見られない鬼の住んだあともありますが、どちらかというと岩は穏やかな形をしています。
空寂の窟は、今は蒿雀窟、孔雀窟という名前で残っています。窟の深い深い奥底には一つの石の扉があって、その扉を開くと雪のように白い女が立っているという話もあります。そして戦いに倒れた赤神の家来は、男鹿市北浦の山野一面に咲く曼珠沙華(彼岸花)だと言い伝えられています。

 

九百九十九の石段

昔々、漢という国に武帝という人がいました。あ る時、その武帝が白い鹿の引く飛車に乗り、5匹の コウモリを従えて男鹿にやってきました。コウモリ たちはいつしか5匹の鬼へと変化しました。そして 武帝は毎日のように鬼たちを働かせていました。 ある日、5匹の鬼たちはあつまって
「どうか、一日だけでいいから、俺たちに休みを くれ」と武帝に頼みました。
武帝は鬼たちが普段からよく働いているので
「それならば、正月の15日は一日だけ休みを与 えよう」と言いました。
すると自由を得た鬼たちは大喜びで里に降り、家 畜や作物を奪うのを繰り返し、ついには里の娘を 攫っていくようになりました。そこで怒ったのが村 人たちです。彼らは鬼を退治しようと決心して、あ る夜、武器を手に鬼退治に行きました。 ところが、力の強い鬼たちに返り討ちに合ってしま いました。
困った村人たちは武帝にお願いし鬼たちに
「五社堂まで続く千段の石段を一晩で、しかも一 番鶏の鳴く前に築くことが出来たら、娘を毎年一人 ずつ差し出そう。もし出来なければ二度と里には降 りてこないでほしい」という賭けを持ちかけました。 村人たちはいかに鬼たちが怪力であっても一晩のう ちに、千段の石段を作れないだろうと思っていたの です。
一方その頃、鬼たちは日が暮れるのを待って石段 作りにとりかかりました。鬼たちは大きな岩石を抱 え、あれよ、あれよと、石段を積み上げていきます。 このままでは一番鶏が鳴く前に出来上がってしまう と慌てた村人たちは、物真似の上手いアマノジャク に鶏の鳴き真似を頼みました。
鬼たちが九百九十九段まで積み上げ、あと一段の ところでアマノジャクの
「コケコッコウ」という声が聞こえました。
鬼たちは飛び上がって驚きました。やがて、驚きは 怒りに変わり、ぶるぶると体を震わせ、髪を振り乱 し雷のような恐ろしい声を上げました。そして、傍 に生えていた千年杉の大樹をむんずと掴み、木の根 を上にして大地にぐさりと突き刺しました。鬼たち はさっさと山に帰ってしまい、それから再び村に降 りてくることはありませんでした。
その逆さ杉は根を空に向けて生えていましたが、 今は枯れてしまい横になった状態で保存されていま す。
門前にある赤神神社から五社堂までの石段は今も続 いています。五社堂はこの5匹の鬼たちを祀り、昔 を物語っています。これが今日のナマハゲのおこり とも言われています。

写真 赤紙神社伝説01

 

インフォーメーション

一気に石段を駆け上がるのもいいが、周りの風景を楽しみながら登れば更に男鹿の自然を楽しめるでしょう。五社堂周辺は綺麗に整備され、ゆっくり五社堂を眺めながら休憩もできます。参道から見て右側にお守りなどを売っている社務所もありますので、ここで赤神神社参拝記念に自分やお土産用のお守りを買うと良いでしょう。また、おみくじもありますので、旅の運試しにどうぞ。雨天時、または冬季期間中に登るのは危険ですのでお気を付けください

写真 赤神神社
赤神神社・五社堂
〒010-0535 秋田県男鹿市船川港本山門前字祓川35 赤神神社五社堂
赤神神社から五社堂までは、山道を20~30分ほど登る。

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